コロナ禍の母の入院

9/2に心不全になり、母が救急で慈恵病院に入院しました。私は母と同居しているのですが、9/2の0:30頃「苦しくて息が吸えない。助けて欲しい。」とのうめき声を次女が聞いて私を起こしました。血圧は170/100とやや高めという程度ですが、脈が120でした。酸素飽和度は97%と正常でしたが、あまりに苦しそうだったので、救急外来を受診しようと思いましたが、30分程度観察していると症状が落ち着きました。

私は、朝まで、隣の部屋に布団をしき、急変に備えました。

朝になり、症状はなくなりましたが、心臓関連の異常があったことは、予想されたので、朝私が務める慈恵医大晴海トリトンクリニックに連れて行き、心電図を測定したところ、以前の波形と異なっていたため、救急車で慈恵の本院に向かいました。「大動脈閉鎖不全症による心不全」の診断でした。若ければ、手術適応でしたが、94歳の年齢から薬物治療になりました。

 

母は今年の1月まで西調布眼科を開業していましたが、コロナ禍で閉院しました。通常の服薬は西調布眼科の近所の先生からもらっていたのですが、処方通りに飲んでいなかったようです。何度か服薬について確認していましたが、「大丈夫」という返事を信じてしまいました。

入院し、投薬を開始するということでしたが、コロナ禍で病院にご迷惑をかけること、服薬だけなら毎日自分の外来に通院させ、管理できることから、通院による治療を私は提案しました。しかし、主治医の先生が「BNPが1700もあるし、遠慮しないでください。」と言ってくださったので、入院することになりました。

 

その後、経過がよく9/9頃には、退院する予定でした。コロナ禍で面談できるのは慈恵の医師である私だけだったので、それでも殆ど一人きりのため認知機能が低下し、「どうして病院にいるのかしら。」などと言っていましたが、大まかには予定通りでした。

 

しかし、9/6に食器を洗おうとして転倒し、左大腿骨折を起こしてしまいました。コロナ禍で仕事をやめて足腰が弱っていました。「看護婦さんに負担をかけたくなかったから」と笑っていました。こちらは泣きたい感じです。

9/8本日、左大腿骨折を行います。成功を祈るばかりです。しかし、術後、リハビリ病院に転院していくでしょう。その場合、コロナ禍で1ヶ月以上は面会に行くこともできないでしょう。

母の「寝たきり」と「認知症」は重大な局面を迎えています。

 

「コロナがなければ、薬も飲んで心不全にならず、足も折らなかったのに」と考えてしまいます。

 

9月8日時点の医師横山啓太郎個人の意見です。